狙われないと考える根拠は、どこにもない。

系統につなぐ条件に製品ラベルを置き、ラベルのない製品群を外に出す。この規則の是非とは別に、規則が出来上がったあとの系統が、攻撃者の目にどう映るかを考える必要がある。供給が特定の製品群に収斂し、その製品群には「対策済み」の外形が付き、しかも排除という政治的文脈が付いている。侵害に成功すれば、停電という技術的被害のほかに「ラベルで守ると言った制度が破られた」という結果が付いてくる。この三つは攻撃者の費用対効果を上げる条件であり、改定案はこの三つを同時に満たす。所管庁が「存在しない」と文書で回答した脅威モデルは、この構造を否定するためにこそ必要だったものである。

益田 周防海(Suomi Masuda)/株式会社I-S3 | 2026年10月17日

攻撃者は動機で標的を選ばない。到達に要する費用、成功したときの利得、帰属されたときの負担——この三つの比で選ぶ。系統連系技術要件ガイドライン改定案(e-Gov 案件番号 620340012)は、この比を攻撃者に有利な方向へ動かす。ラベルを通った製品群に新設・交換の需要が集まり、同一のファームウェア配信系統・同一の制御面に属する容量が増える(到達費用あたりの利得が増える)。ラベルが「対策済み」の外形になり、設置側の境界防御や到達容量の制限が省かれやすくなる(到達費用が下がる)。そして特定製品の排除として語られる制度であるため、侵害の成功が制度の信用そのものを毀損する(利得が技術的被害を超える)。最も価値の高い標的はメーカーの更新配信サーバーと署名鍵であり、JC-STAR★1はそこを評価していない。

解説動画(約8分)

他言語版: 日本語 / English / 简体中文 / 再生リスト / 第1弾(引受審査の 5 項目・約6分半): ラベル対現実の脅威 / 意見の出し方: 11月6日までに意見を

1. 攻撃者が標的を選ぶ基準

電力設備への攻撃について公開されている事例は、標的の選び方に共通点を持つ。守りが薄い個別の機器を一台ずつ落とすのではなく、一度の到達で多数の機器に同時に届く経路を使う。

事例到達した経路同時に届いた範囲
ウクライナ配電網(2015年12月・2016年12月)運用端末への侵入から配電 SCADA の制御面へ。2016年は変電所プロトコル(IEC 60870-5-104 等)を直接操作するマルウェア2015年は約23万需要家が停電。2016年はキエフ北部の変電所
Viasat KA-SAT(2022年2月24日)衛星通信事業者の地上管理網からモデムへ破壊的な更新を配信欧州の数万台のモデム。ドイツでは Enercon 社の風力発電機約5,800基が遠隔監視を失った
デンマークのエネルギー事業者(2023年5月)事業者が共通して使っていた境界装置(Zyxel 製ファイアウォール)の脆弱性SektorCERT の報告で22事業者が同時に侵害され、一部は島運転(系統からの切り離し)に至った
SolarWinds Orion(2020年)監視ソフトのベンダー側ビルド環境に侵入し、正規署名付きの更新に不正コードを混入更新を適用した約1万8千組織に同時に配布

四つに共通するのは、機器の個別の強さは問題にならなかったという点である。侵害されたのは、多数の機器が共通して依存する管理面・配信面・境界装置であり、到達した瞬間に多数が同時に動いた。製品単体の認証は、この経路を評価の対象にしていない。

2. 改定案が揃える三つの条件

改定案そのものは条文に国名を書いていない。だが制度が施行されたあとの系統の姿は、条文から読める。

  1. 供給が収斂し、一つの配信系統に属する容量が増える系統連系の条件にラベルを置けば、新設と交換の需要はラベルを取得した製品群に集まる。取得する製品群は限られるため、同一メーカーの同一ファームウェア配信系統・同一のクラウド制御面に属する容量は、制度がない場合より大きくなる。一件の侵害で同時に動く容量(Cyber Blast Radius)に上限を置く規定は改定案にない。この点は意見6として所管庁に提出し、受付番号 620340012420402491 で受理されている。
  2. 「対策済み」の外形が付き、設置側の防御が省かれやすいIPA は2026年7月26日の回答で、ラベルは製品に備わる機能を示すものであり、その製品が安全に設置・運用されていることを示すものではないと明記している。しかし接続可否をラベルで判断する運用になれば、設置者・施工者・一般送配電事業者の側では「ラベルがあるから足りている」という判断が生まれる。境界防御、到達容量の制限、出力の床(最低運転点)といった設置側の対策は、要件に書かれていない以上、費用がかかる分だけ省かれる。到達費用は下がる。
  3. 排除という文脈が付き、侵害の成功が制度の信用に及ぶこの改定は、公開の議論の中で特定国の製品を念頭に置いた措置として語られている。所管庁がそう明言しているわけではないが、受け取られ方は変えられない。この文脈のもとで侵害が成功すれば、帰結は停電や出力変動という技術的被害にとどまらない。「安全のために外したはずの制度が破られた」という事実そのものが、国家に近い攻撃者にとっては停電より大きな利得になる。費用は変わらず、利得だけが増える。
これは「攻撃者がそう考えるだろう」という推測ではない。到達費用・利得・帰属負担という選択基準に、改定案が作る系統の姿を当てはめた結果である。否定するには、三つの条件のどれかが成り立たないことを示す資料が要る。

3. 最も価値の高い標的と、ラベルが見ていない場所

三つの条件から導かれる、最も費用対効果の高い標的はメーカーの更新配信サーバーと、ファームウェアの署名鍵である。理由は単純で、そこに到達すれば、ラベルを取得した全数の機器に正規の経路で同時に届くからである。機器側の署名検証は、正しい鍵で署名された不正な更新を止められない。

JC-STAR★1 の適合基準は、製品に「安全な更新を受け取る機能」が備わっているかを確認する。更新を配信する側のサーバーがどう運用されているか、署名鍵がどこに保管され、誰が使えるのか、鍵が漏れたときに失効と再署名をどう行うのか、配信を一度に全数へ出す運用か段階的に出す運用か——これらは製品の機能ではないため、評価の対象にならない。IPA の回答が「設置・運用を示すものではない」と言っているのは、この境界のことである。

攻撃者から見た到達点到達した場合に動く範囲JC-STAR★1 の評価対象か
機器一台の管理画面(既定パスワード等)その一台対象(既定パスワードの廃止など)
設置現場のネットワーク境界その現場の機器対象外(設置側)
メーカーのクラウド制御面(遠隔出力制御)その制御面に属する全数対象外(運用側)
メーカーの更新配信サーバー・署名鍵その配信系統に属する全数、正規の経路で対象外(運用側)

表の下へ行くほど、一度の到達で動く範囲は広く、ラベルの評価からは遠い。改定案は、表の一番上だけを見て接続可否を決める設計になっている。

4. 「狙われない」と言うために必要だった資料

この構造を否定するには、少なくとも次の三つの資料が要る。どれも、当社が2026年7月に資源エネルギー庁へ送った公開質問で求めたものである。

必要な資料何を示せば構造を否定できるか所管庁の回答(2026年7月)
脅威モデル想定した攻撃者・到達経路・被害の範囲が明示され、更新配信面と制御面が含まれていること要件化の根拠として示された資料はない
代替措置との比較評価ラベルによる製品選別が、境界防御や到達容量の制限より効果が高いという比較「比較した資料はない」
影響評価ラベル要件化後の系統で、一件の侵害で同時に動く容量がどう変わるかの試算示されていない。IP/非 IP の比較は「要件化の観点ではない」

回答の原文は回答データセット(CC BY 4.0)にあり、日付と質問番号つきの経過は予見可能性の台帳にまとめてある。「狙われない」と判断するための資料が制度設計の時点で存在しなかったことは、所管庁自身の文書で確認できる。

5. いま打てる手

構造を変えるのは制度の修正だが、制度を待たずに打てる手がある。立場ごとに書く。

設置者・発電事業者・施工者

メーカー

所管庁・一般送配電事業者

読者

改定案の意見公募は2026年11月6日まで受け付けている。出し方と文案を用意してある。この記事の論点をそのまま出す場合は、「一件の侵害で同時に動く容量に上限を置くこと」「更新配信面と制御面を脅威モデルに含めること」の二点に絞ると、所管庁が回答しやすい。

この文書が言わないこと

特定の国や事業者が攻撃を計画している、とは言わない。攻撃が起きる時期や確率を予測しない。JC-STAR★1 に効果がない、とも言わない。既定パスワードの廃止や更新機能の義務化は、機器一台への侵入に対して意味がある。所管庁や制度運用者が標的化を意図した、という認定もしない。述べているのは、改定案が作る系統の姿を、攻撃者の選択基準(到達費用・利得・帰属負担)に当てはめた結果と、その結果を否定するための資料が所管庁の回答によれば存在しないという事実だけである。個別製品の脆弱性の有無、個別の接続拒否、訴訟の勝敗は扱わない。

出典

益田 周防海(Suomi Masuda)/株式会社I-S3。公開資料と受領した回答文に基づく。特定の製品・事業者の評価ではなく、個別の契約や訴訟の助言でもない。