燃料と電池は走らない

ガソリン 1 kg の化学エネルギーは、量産EVの電池パック 1 kg の約80倍である。それは貯蔵媒体の事実である。車の成績ではない。

益田 周防海(Suomi Masuda)/株式会社I-S3 | 2026年10月28日

航続、重量、1 km のエネルギーの計算は、ガソリンは軽い。ところで、車の重さは誰が比べるのかにある。

結論

車を動かしているのは、燃料 1 kg でも電池 1 kg でもない。燃料を仕事にするにはエンジン、吸排気、触媒、冷却、変速機、タンクが要る。電池を仕事にするにはモーター、インバーター、減速機、冷却、パックの筐体と管理回路が要る。燃料も電池も、単体では 1 m も走らない。

同じ軽規格の実車(日産デイズと日産サクラ、国土交通省の WLTC 審査値)では、80倍は成績表に出てこない。出てくるのは次の三つである。

  • 航続はガソリン車が約3.5倍(626 km 対 180 km)。密度の差はここにある。
  • 車両重量は EV が 220 kg 重い(1070 kg 対 850 kg)。密度の差はここにもある。
  • 1 km に投入するエネルギーはガソリン車が約3倍多い(375 Wh 対 124 Wh)。向きは逆である。エンジンが熱として捨てる分を、密度の話は数えていない。

「80倍だから EV は車として劣る」「13倍重いのが電動車の最大の弱点」は、貯蔵媒体の比を、車両の比だと述べた文である。比べているものが違う。

密度の比が落とすもの

役割ガソリン車EV密度の比が落とすもの
蓄えるタンクとガソリン電池パックここだけを割ると80倍や13倍になる
仕事にするエンジン、吸排気、触媒、冷却モーター、インバーター、冷却質量も効率も抜ける
速度を合わせる変速機多くのEVは1段の減速機質量と損失が抜ける
減速ブレーキで熱にする回生で電池に戻す市街地の差が抜ける
中身の質量走ると減る減らない電池側に残る不利
補給時間数分普通充電は数時間、急速は数十分電池側に残る不利

80倍や13倍は、航続と重量には残る。1 km のエネルギーと燃料代には残らない。残らない倍率を、車の判定に使い続けるのが誤りである。

この枠組みは SAE 2016-01-0903(アルゴンヌ国立研究所)が、燃料と電池の単体比較を、パワートレインの効率と質量を省いた不完全な分析と呼んだものに沿っている。デイズとサクラの数字の前提は、上の記事の assumptions.csv にある。

谷川潔氏は、13倍を車の重さとして書いた

Car Watch、2021年4月23日。署名は編集部・谷川潔。記事の主題はトヨタの水素エンジンと豊田章男氏のレース参戦である。密度の計算は、豊田氏の発言ではなく、記者の挿入である。

ガソリンの重量エネルギー密度は約1万2500Wh/kg、熱効率の問題で実際に使われているのは4000Wh/kg程度といわれている。…リチウムイオン電池で200~250Wh/kg程度。多く見積もって300Wh/kgとしてもガソリンの実効値と比べて4000/300=約13と、13倍も重たいことになる。これが電動化車両の最大のウィークポイントで、ものを運びたいのに重たい電池を運ぶという重量効率の悪化につながっている。

1万2500 Wh/kg は、ガソリンの質量あたり化学エネルギーとして桁が合う(低位で約1万1800 Wh/kg)。300 Wh/kg はセルとしては高め、パックとしてはさらに高い側である。

誤りは、その次にある。4000 Wh/kg は、ガソリンに熱効率を掛けたあとの数字である。300 Wh/kg には、モーターとインバーターの効率を掛けていない。掛けたあとも、単位は燃料 1 kg と電池 1 kg のままである。エンジン、変速機、排気、冷却の質量も、モーターとインバーターの質量も、分母に入っていない。

「13倍も重たい」は、その比を車の質量の比だと読ませる。デイズ 850 kg とサクラ 1070 kg の比は 1.26 倍である。13倍ではない。

直後の「1 L で 10 km 以上走る」は、エンジンを積んだ車の燃費である。密度の13倍とは別の測定を、同じ段落で車の優秀さの証拠にしている。

専門媒体の編集記者が、これを電動車の最大の弱点と断定している。計算から落ちている項が、結論の強さに見合っていない。

畑村耕一氏は、二桁の差から車の不利を結論した

2019年、ノート e-POWER を題材にした「パワートレーン開発への提言」⑤。ここで引くのは Motor Fan からの転載である。

電池のエネルギー密度は液体燃料に比べて二桁も小さい。…カーボンニュートラル走行が実現したとしても、走りと環境性能の両立という意味ではEVは不利な立場を抜けきれない。

二桁小さいのは、液体燃料と電池の貯蔵密度としてはそのとおりである。その直後に、カーボンニュートラルのあとでも EV は不利を抜けられない、と車の結論が置かれている。

不利を航続と質量に限れば、実車でも残る(3.5倍、+220 kg)。「走りと環境性能」の両方に広げると、1 km の投入エネルギーがガソリン車の約3倍であるという測定と衝突する。環境性能は、貯蔵密度からは出てこない。

畑村氏はエンジンの開発者で、熱効率を仕事にしている。この段落では、その効率とパワートレインの質量を、結論の前に置いていない。

用語集は、燃料の発熱量をエンジンの密度と書いた

Motor Fan「大車林」、2019年5月7日。署名はない。

現在エネルギー密度がもっとも高いのはディーゼルエンジンで、60L(約50kg)の燃料で、約500kWhのエネルギーを発生する。…このエネルギー密度でみると、従来型の内燃機関は優秀

500 kWh ÷ 50 kg = 10 kWh/kg は、軽油の発熱量の桁である。エンジンのエネルギー密度ではない。用語集が、燃料の性質を機関の優秀さだと書いている。

20円と1万5千円は、別の取り違えである

「ガソリンは約20円/kWh、電池は約1万5千円/kWh」は、密度の話ではない。ガソリンの 1 kWh は燃やすと消える。電池の 1 kWh は容量で、充電して繰り返し使う。サクラのパック取得費を、保証距離で供給する電力量で割ると約16円/kWh になる。計算は上の記事にある。

FAQ

80倍は嘘か

貯蔵媒体としては本当である。車が80倍劣る、という文は、その比の対象を取り違えている。

13倍重い、は車の重さか

谷川潔氏の2021年4月23日の記事は、ガソリンに熱効率を掛けた 4000 Wh/kg と、電池 300 Wh/kg の比を「13倍も重たい」と書いている。デイズ 850 kg とサクラ 1070 kg の比は 1.26 倍である。

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